2004年11月2日火曜日

裏切り

 追撃は執拗を極め、オレ達の立ち寄り先と思われそうな所は全て”封鎖”状態だった。二人とも家やアパートにも近づく事が出来ず、富山を離れ、ここ金沢のおんぼろホテルで潜伏するしかなかった。
もう既に5日経ってしまっていて移動しないと発見されるのも時間の問題だった。完全にシマうちから脱出しない限り安全は保証されないからだ。金はさいわいあったが、元々はこの金が原因だった。融手を持ちかけてその内の一枚をキムはオレとルーに内緒で抜いてしまっていたのだ。そして街金へかってに沈めてしまった。
 依頼者の道理を越えてしまった我々に言い訳が通るはずもなかった。そして肝心のキムはオレとルーを巧く騙し、ハシタ金を押しつけて東京へ遁走してしまった。こうなると打つ手はもう無い。糞ガネはやがて尽きる。
 ルーは部屋の中を熊のようにぐるぐると回っているか、酒を飲んでいるか、それ以外は床でごろりと寝ていた。この狭い檻の中で互いの体臭にまみれながら苛立っていた。
「南無、どうしたらいい?」
今日だけで数回オレに向かって吐いていてオレを苛つかせていた。
「今考えているところだよ。おめぇは何回オレに聞いてるんだよ。黙っていろっ!」
「考えるだって!もう何日経っていると思うんでぇ?おめぇ、よくそんなこといえるなぁ、あほんだらっ!」
 ルーはキムに騙された事とこれから先の予想される事で極限まで感情が高ぶってしまっていた。澱みきった部屋の重い空気に浸かりながら、負け犬となってしまったことの感情が憎悪に変質するのだ。騙しの仕事につるみ、騙されるという最低の結果は二人にとってはいかんともし難い状況に追い込んでしまっていた。ルーだけではなくオレも頭の奥底から敵意が充ち満ちてくるのが感じられた。
「ルーよ、オレと仲間割れでもするっていうのかよっ!それともオレを棄ててキムの後でも追いかけるんかっ!ふんっ。オレはどっちでもいいぜ」とオレはルーの目の前に顔を押しつけるように言った。ルーとオレは獣のように睨み合ったままつかみ合い寸前の状態だった。
 元はと云えば”依頼筋”についての窓口を全てキムに任せた事がオレ達の失敗だった。あんな野郎を信じたばっかりにドツボに嵌ってしまったのだった。今更ここに至ってはキムだけのせいにする事が通るわけもない。手形のパクリは居直ってこそスレスレでくぐり抜ける事が可能だが、逃亡すると最悪の状態が待ち受けている。依頼者からはヤクザ達が、もう一方の融手先からは警察が、と、オレ達を追い始めていた。キムの抜いた額面は予想を超えて大きかったからだ。オレはなんとしてでもキムを富山へ戻し、オレ達二人の安全の確保をしたかった。なぜなら、パクリの実行はキムだけの芸で行ったからだ。当の本人がいない限りこの事実は証明出来ない。しかしそういう考えはあまりにも現実的ではなかった。火事場に飛び込んで来る者なんかいるわけがないからだ。オレ達は棄てられたのだ。
置いてきぼりを食ったオレ達はお互いがお互いから離れたくなる心理状態にまで追い込まれていた。この後どうなるかはお互いが知っていた。どちらから口火を切るかでしかなかった。そしてそれを言葉にする事はある意味では”裏切り”を意味する事にもなるからだ。オレは心の中でこちらから言わないと決めていた。朝鮮人特有の短気さでルーの方から切り出してくるのは眼に見えていたからだ。日本人であるオレはねばり強く、狡猾なのだ。そして明け方近くになってルーはオレに言葉を発してしまった。
「南無っ、もう、俺はこれ以上辛抱出来ない。このままだとおめぇを殺したくなってくるんだよっ!だから女の所へ行く。おめぇの顔を見てるだけで頭がおかしくなりそうだ。さいわい女の事はキムもお前も知らないはずだ。・・・・・。それとも、おめぇに”いい案”でもあるって言うのかよ。ああんっ?」つり上がった細い目でオレの目の前のテーブルを蹴り倒した。
「無い!お前がそうしたいのなら、それでもいい。後はお互い運次第だな。オレは糸魚川の従兄弟の所へ転がり込む。では、ここで別れよう」
 そうやってオレ達は金沢で別れた。オレはその日のうちに汽車で糸魚川に向かい従兄弟のアパートにしけ込んだ。従兄弟は心配してくれたが不満をオレにのべる事はなかった。そしてオレがパクられるまで三日とはかからなかった。ルーは女の所へしけ込んだその晩、数名に襲撃され袋だたきになっていたところを女の110番でパトカーが駆けつけ逮捕されたのである。そしてオレの居所を喋らざるを得なかったのだ。オレの安全とキムへの恨みとで。その後しばらくしてキムも逮捕され四年の刑を受けた。ルーとオレは猶予刑を貰った。
逆であったらオレも喋ったかもしれないが、オレの世界ではルーのオレに対しての裏切りである事は変わらない。今だに彼はそれを恥じている。そしてルーとオレは今もつきあいがある。彼は現在富山刑務所で服役をしている。
 身元引受人はオレだ。