2004年10月29日金曜日

 オレは倒産品をその頃扱っていた。一応もっともらしく「北日本物流」と銘打ってブローカー的な稼業としてしのいでいたのだ。そして困ったことに送り先のひとつから入金がなかった。相手先は既に破門になった元組員でやはりオレのようなブローカをやっている口ぶりであった。顔見知りだったので奴の口車に乗ってトラック3台分程、奴のいる信州に送った。約束の期限を過ぎても電話は出ない、送金は無い、で1週間程経っていた。内心は”やられたかな”とは思っていたがオレの性格上”ブチ切れ”寸前であったことはいうまでもなかった。”現役”ならいざ知らず”元”に嵌められたとなると笑い者になりこの世界では飯が食えなくなるからだ。
 オレは福井にいる知り合いに電話をすることにした。
「忙しいか?」
「暇で飢え死に寸前だ。なんか、いい仕事あんのか?」
高野はあっさりと言い切った。いい答え方だ。
「オレ自身の集金だ。400万だよ。おめぇのトリは3だ。あさって、こっち来れるか?」
「ははは、アンタにしちゃ珍しいな。とる気あんのかよ。相手先はオレの同業者か?」
高野の勘は鋭かった。
「”元”だよ。ふふふ」とオレは笑いながら答えた。
「受けるよ」
「行き先は信州、ポンは今からいれてはいけない。それがオレの条件だ」
怒るのは承知だが、これだけは言っておかないといけない野郎だった。
「ずっと、抜いてるよ。あほんだらっ!」
怒っているところを見るとやっている証拠だなとオレは思った。
「じゃ、待ってるよ」
電話を置いた。
 高野の爆弾はシャブだ。いれて仕事をするとヨレて必ず失敗するからだ。高野は当時30をちょっとだけ済んだ歳のはずであった。年中”スーパー・フライ”で頭の跳んでる野郎であった。三人兄弟で末っ子、兄たちはすべて父親と一緒で「医者」だった。彼らに共通してるのは”注射器”だけだ。
 凸凹コンビは信州に向けて夕方、立った。高野の役割はオレの運転手兼ボディ・ガードというわけだ。夜8時頃現地に到着し探索行動に出た。すぐ野郎のヤサは見つかった。駐車場にはピカピカに磨いたベンツが見えた。凸凹ですぐ晩飯を食い、そして、押し入った。今回の”仕事”は一発勝負だ。しかしあくまでオレの堅気という立場を考えれよ、と。そのことは高野によく説明したつもりであった。そして・・・・。
 詐欺師はやはり詐欺師以前の阿保だった。安心していたのだと思う。女は”おみず”で出勤していて居なかったのでお膳立ては揃っていた。突然目の前に現れたオレの顔を見て驚いたか、最初に言葉はなかった。オレ達はすぐに靴を履いたまま部屋の中に入り込んだ。そのままオレは阿保を靴のつま先で思いっきり蹴り上げ、豪華なリビングのソファにどっかりと座り込んだ。
「・・・・・。も、ちょっと待ってくれねぇか」
蹴りの威力は十分だったらしく絞り出すような情けない声で哀願するように言った。そのあと、しばらく床に倒れ込んで呻いていたが、オレ達にとってはどうでも良いことであった。
「貰って帰るつもりだよ」とオレはにやけた顔で奴の頭を小突いた。
「そんなぁ、こんな夜中に400万円なんて、どうしようもないじゃないか」
どうやら少しは息をするのが楽になったらしい。もう最後までたたみ込むことにするのが常套手段である。遠慮なんかするこたぁねぇ、とばかりに今度は顔面めがけて蹴りを入れた。
「500万だよ。ねぼけたこと云うんじゃねぇよ。目の玉付いてんのかよ、見た通り一人じゃないんだ。足代貰うよ」
「なんだとぅ、ふざけんじゃねぇっ、なめとんのかぁっ!」
阿保は必死の痛みを堪えて立ち上がりざまに悪態を吐いた。高野は奴の言葉が言い終わらない内に台所から果物ナイフを持ち出し無言で阿保の顔めがけてハツった。阿保は顔を一瞬そらし、その場に耳を押さえて転がった。耳たぶが少し切れたらしく血が噴き出していた。
「ひぇぇ、殺さんでくれっー、頼むから!助けてくれぇー!」
阿保は床に転がりながら叫びだした。ったく騒々しい野郎だ。
「払うのか?」
詐欺師は覚悟したらしく立っているオレに対して土下座の姿勢で顔を伏せ震えていた。
「あのな、今回は”いそぎバタラキ”なんだよ。わかるだろう。おめぇの様なハナクソに時間はかけれねぇよ。わかっているんか?」
「わかったよ。明日2時50分まで口座に振り込みだな?なんとかする、かんべんしてくれ」
 話はこれでついた。明日午後2時50分まで500万の入金を確認して帰ればいいのだ。そして約束は2時に守られた。ピカピカのベンツは無かった。高野には400万の3割120万プラス足代の折半50万、合計170万円を渡した。勿論オレには損が無かった。でも、高野は俺の目を盗んでシャブを体にいれていた。刺し殺さなかってよかったと思い、帰りはオレの運転となった。

 二ヶ月後オレに福井から電話がかかった。高野の女からだった。泣き声でところどころよく聞き取れなかったが、奴は死んでしまった。
 オレの立場は葬儀に出れる身分でなかったので、すぐさま福井へ飛んだ。まだ、二十代半ばの美しい女だったが泣き崩れて見るも無惨な姿であった。オレはお通夜の準備をしている組関係の若衆に挨拶をすませてから、彼女と二人っきりで死に様を聞いた。
 高速道路での交通事故死だった。高速で運転中”注射”をしようとして蛇行横転になり車が横転し投げ出されて自分の車とクラッシュしたらしい。マフラーが腹に刺さったままの状態で病院に担ぎ込まれたという。シャブのせいで痛みも感じなく心臓も脳も働き、普通通りに喋り6時間後に死んだと女は言った。
「あの人、起ったままのチンポの根っこに注射針が刺さっていて私が抜いてあげたの。それをあの人に言ったら、内臓がグシャグシャなのに笑ってた。起ってるチンポを見たいと言って起きあがろうとしたけど・・・。そしてスマン言うて、動かなくなったのよ。笑えるよね」とオレの顔を見て悲しい笑いを浮かべた。オレはいたたまれ無くなり、挨拶もそこそこにその場を立ち福井を出た。
享年 33歳