2005年6月26日日曜日

めまい

 先日の面会の時、藤田のいったことが頭にこびりついて離れなかった。もうすべてを失ってしまっているらしい。
「南無さん、もう出てきてもなにもねぇよ。わしももうあんたにしてやれることもなくなった。だから、これが最後の面会だと思ってくれ。すまねぇが、大阪に帰るよ」
覚悟はしていたが言葉に表されると嫌な気分だった。検事はどうしてもオレをすんなり出す気がなかったようだ。引っ張りに引っ張られて先日第二回公判をようやく終えたばかりだった。オレのグループも根こそぎやられちまったというわけか。もうオレも未決で4ヶ月目に入った。頭もボケ始めてきていたが、別段構やしねぇだろう。どうせ出たってやることなんかねぇ。それに毎日塀越しで空を見るのにも飽きてきた。でも飽きた空を見るしかあんめぇ。

やがて廊下に歩く音が響いてきた。がちゃりとあたりを響かせて鉄扉があけられた。
「1024号!身の回りのものを持って出ろ」とオヤジ(刑務官)がオレに言った。保釈が通ったのだ。
廊下を歩きながらオヤジは言った。
「もう来るなよ、南無」と初めて笑顔を見せた。
「へぇぃ、戻らんようにしまっさ」
保安課で一通りの手続きを済ませてスーツに着替えゴム草履から革靴に履き替える。廊下をまっすぐに歩き最後の格子扉が開けられる。整然と歩いているつもりだったが革靴の重たさに一瞬足を取られてしまいよろけそうになってしまった。もうここは来ネェ、とオレは呟いていた。
表へ出ると妻と三人の男達。見上げると天空が真っ青だった。そしてそれは眩暈と共に襲い始め、またオレの足をふらつかせた。
 もう失うものは家族だけか、と空に向かって呟いてみた。