2007年1月25日木曜日

善なる人々-飛男編-

「ぎゃあっ」
 まるで獣のような声だった。目の前に起きたことを信じないというばかりの絶望にうち拉がれた声にも聞こえた。そうやって男は目の前に掘られた穴に頭から転がり落ちていった。山鳥たちの囀る音さえ緑を増した周りの木々に吸い込まれていき、一瞬の静寂のあと雨上がりの山中には掘り返した土の匂いがむせるように漂っていた。

 悪夢にうなされてガバッとはね起きた男には全く身に覚えがある夢ではなく起きてしばらくする頃には既に忘れ去ってしまっていた。ことの起こりは五年ぐらい前から始まった。職場の経理係として最初は目立たない金額だった。勘定科目を少し振り替えるだけで済んだからである。最初の二、三年は監査の眼をかいくぐることも易い小額の金であった。県の公安委員会とはいえ大概が県庁や警察からの天下りの警察員で占められていて生え抜きともいえる者は少なかった。女子の殆ども各役人から押し付けられた子女だったし菊池飛男にとって都合のいいことにその殆どが愚鈍だった。万事このような調子で経理課といっても伝票の書き方ひとつわからない者達であり実質は商業高校出の飛男に殆ど任せっきりにしていた。特に今の課長である肥田は商業簿記のなんたるかも分からない警察官上がりで、そのうえ酒や女に目がない下卑た男であった。飛男のほうで気を利かせたつもりで飲食代を捻出したことからますますその信頼を厚くした。飛男は時々肥田からの誘いにもそつなく付き合い共犯になることも忘れなかった。こういう事は万が一のためには重要なことなのである。ばれたら一蓮托生というわけである。
「課長、この前の飲食代ですけど上手く福利厚生費にしておきました」と耳に囁く。只々これの類で済み後は月に一度統括管理のほうに架空経費も紛れ込ませながら計算書を廻せばよかった。課長の判さえあれば素通りなのである。判自体も飛男に預けられ放しで、笑えることにその統括管理の役職に就いている者達の飲食費まで飛男が請け負うようになっていた。こうなれば委員会そのものさえ飛男の思うままみたいなものだった。要は商業法人と違い利益にこだわる必要もなく翌年次への繰越金が不自然でなければ良いだけである。当初はそれで千数百万円にもなる個人預金を妻に内緒でため込んでいた。だが好事も無きにしかずというか、時たま通っていた小料理屋の若い仲居である美嘉に惹かれるようになった。やがて逢瀬を重ねることになり美嘉が醸し出す肉欲に飛男は溺れていった。ついには委員会近くのマンションまで美嘉に買い与え小料理屋を辞めさせるまでに関係は深まった。昼は美嘉の部屋で食べ貪欲までのセックスに耽った。やがて御多分に漏れずその女の借金の保証に立ってしまった。飛男は女に関してだけは初心だったのであった。半年ほど経つと横領して貯めた預金通帳も空になり、寝る毎に美嘉に縋られるまま経理処理で誤魔化した金を貢いだ。飛男は若いわりに床上手である美嘉を失いたくはなかったのである。そしてついに監査も通りようも無いほどの金額にまでなってしまっていた。
 ある日、街金屋の鬼頭から飛男に督促の電話がかかった。充分に金を与えていたはずの美嘉の返済が遅滞していたのである。無論その電話で飛男は初めてその事実を知り信じられない思いだった。
「とにかく本人に聞いてから明日中になんとかする」
 自分の職域のことも考え飛男にはそれが精一杯のセリフであった。
「なるほど、オメェの職場が職場だけに答えにくいのだろうな。ふふふ。ま、いいだろう、しばらく考える時間だけやろうじゃネェか」
 鬼頭の電話は嘲笑うかのように切れた。鬼頭はこの時、飛男が周囲に聞こえることの無いように受話器に顎を押しつけるように喋っている姿が手に取るように分かっていた。街金屋の習性として飛男の役職から考えても、もっと搾り取れるという風に踏んだのは当然のことである。
 その夜、飛男は美嘉のことを嘘つき女と罵り、美嘉は二度とこんなことはしないといって泣いて見せた。舌の根も乾かないうちに新たな嘘を作り上げればすむことであり、その後飛男の情けないまでの短小ペニスを口に含みながら濃厚なセックスをしてやればそれで収まるのだ。そしてそのとおり飛男のペニスは美嘉の口の中に銜えられていった。

 鬼頭は「ぎゃあっ」という自分の口から出た大きな声で早朝目覚めた。どうやら悪夢を見たようなのだが何度記憶を辿っても夢の中でのことを思い出すことが出来なかった。
「まったく、縁起でもネェ夢だぜ。俺がやられるなんて。ま、俺ほどのものがやられるわけネェわな」
 鬼頭は気を取り直したように自分の頭の中で呟き、そんな夢はやがて頭の中から消え去っていた。稼業柄暴力には慣れっこであるが自分がやられるって事は考えも出来ないことであった。体躯が巨大で、プロレスラーばりの身体で相手に凄む鬼頭にはヤクザも一目置いているからである。まして今日の仕事は簡単でちょちょいと脅せば数百万に化ける仕事である。とりあえず今日の昼に美嘉のマンションの入口で飛男を捕まえなければならなかった。車に乗せ山中で脅せば大概の者は言われるが儘になることは鬼頭が一番知っていた。マンションの裏側にある駐車場のなるべく出入り口に近いところで鬼頭は車を頭から突っ込みトランクを開けたままにして準備に取り掛かった。

 飛男の身体は真っ暗なトランクの中で小一時間ばかりの間揺られていた。情けないことに予想だにしなかったその出来事の衝撃で震えながら泣いていたのである。鬼頭にあっという間に首を押さえられそのまま車のトランクに放り込まれ真っ暗闇の中にいた。何度も車のシャーシが地面とぶつかる音がしているところをみると悪路を走っているようだった。鬼頭は林道の入口にある車止めのゲートの手前でいったん降り鉄製の扉の前に立った。ぐわーっというその巨漢が吠える声と共にガシガシと周りに大きな音を響かせながらながら赤錆びたゲートは開かれた。周りを小高い山で幾重にも囲まれたこのあたりまで来ると人家もなく人気は一切無くなる。ゲートをくぐるり鬼頭の車は更に奥の方へ林道の轍を避けながらのろのろと進んでいった。「あいつの職場が職場だけに半端な脅しじゃ駄目かもな。大体がチクられれば俺が檻の中だ。ったくのところ美嘉もいっぱしの女になったものだ。まだまだあのおめこは使えるってもんだ。菊池よこれが終わったらまた美嘉を抱かせてやるぜ」と鬼頭はその足りない脳ミソでそれなりの絵を描きながら一人でほくそ笑んでいた。鬼頭が美嘉を仕事に使い始めて二年になろうとしていた。美嘉の父親の借金の形に無理矢理犯したのが始まりだった。まだ美嘉は高校生でしかなかったがその男好きのする顔を鬼頭は見逃さはずもなく学校帰りに事務所に連れ込んでは犯し続けた。やがて美嘉は鬼頭の身体に反応するようになり、毎日のように鬼頭のペニスをヴァギナに銜え込んだのであった。鬼頭はあらゆる性技で美嘉を一人前の女に変容させるばかりでなく彼女の思考の隅々までも弄んだのである。鬼頭が父親の借金の整理に家を競売にかけ全ての財産を奪い取り自殺に追い込んだ後も美嘉は弄ばれるが儘であった。鬼頭は美嘉を既に善悪をも越えた18歳の女として成長させていたのであった。
 車のトランクが開けられた時、飛男の目に差し込んで来る木々の間からこぼれる陽の光が痛く感じられた。
「さぁ、出ろ」
 鬼頭はスコップを手にとって車の傍で仁王立ちで立っていてその酷薄さを無表情で表していた。
「一体私をどうするんだ」
「昼飯前で気の毒に思うが、このスコップで穴を掘って貰いてぇ。ちょっと埋めるものがあるのでな、オメェにつきあって貰ったというわけだ」
 鬼頭はトランクから降り立った菊池の足下にそれを放り投げた。意味が良く飲み込めないという顔を飛男が一瞬見せたが、質問も反論も一切許さないような鬼頭の風体の前では従わざるを得なかった。すべからく世は理不尽にしかできてなかった。30分ほども掘り続けただろうか、深さは飛男の背丈近くまで掘り下げられたようであった。顔を上げるとすぐ傍では鬼頭が地べたに座りながら建設現場監督よろしくタバコをくわえて飛男の働き具合を見ているようだった。
「そうだな、もう1メートルぐらい掘ってくれネェか。それじゃ、まだ深さってものが足りねぇんだよ」
 鬼頭は白けた感じで飛男に言った。飛男はまた黙々と掘り続けるしかなかった。身体も小さく力仕事などしたこともない飛男にとってその作業はきつく何度も息があがるかと思えたが鬼頭の顔を思い浮かべるとそう不満を言うわけにもいかなかった。汗がダラダラと体中から出、顔面からそれが滴り落ちていた。
「もういいだろう、上がっていいぞ。まずそのスコップの柄を俺に向けろ、引っ張り上げてやる」
 飛男の頭上から鬼頭の声がかかった。飛男はほっとした顔を見せながらスコップの柄を頭上に高く上げしゃがんで待っている鬼頭の手に届くように差し出した。やがて力強い力が加わり身体がふわりと持ち上げられ穴の縁にまで身体が上がった。そして鬼頭を見上げようとした瞬間両膝を力一杯の鬼頭の蹴りが襲いかかり再び「ぎゃあっ」と悲鳴をあげながら飛男は穴の底に落ちていった。しばらく穴の底で打った身体の痛みを堪えていたが昨夜降った雨で軟らかくなった土のせいか怪我もないようだった。やがていくつかの山鳥の鳴き声がこの穴の底まで聞こえてきて、それが飛男の恐怖感を僅かばかり払拭したように思えた。こんなつまらないことでこの山中で殺されるのかと思ってみたが、ここに至ってはもはや手遅れだとしかいいようがなかったのである。どうやら鬼頭は本気で飛男を殺そうとしているように思えた。変な女に入れあげたばっかりに悪徳金融の鬼頭から金を借りたわが身を初めて飛男は呪った。なんとかしなくては、と飛男は必死で頭の中で考えた。その時鬼頭の声が聞こえてきた。
「このまま埋めてもいいんだが、オメェはそれでいいのかよ」
 頭上からの鬼頭の嘲笑いだった。
「助けてくれっ、なんでも言うことを聞くから」と飛男は恥も外聞も無く、すがるような必死の思いで鬼頭に哀願するしかなかった。
「そうか、なんでもするんだな。じゃー助けてやろう。今後は俺の言う通りになんでもかんでもすることだな。手を差し出せ」
 スコップの先が飛男の前に下ろされた。今度は無事に地表まで上がり終えることが出来た。両手をついたまま地面を下に見ながら飛男は自分の呼吸を整えていた。心臓ははやなりの鐘のように動悸を打っていたからである。とにかく俺はなんとか考えなくてはならない、と。そしてそのまま土下座の姿勢のまま鬼頭にすがるように言った。
「助けて頂きありがとう御座いました。今後鬼頭さんの言うことはなんでも聞きます。二度と逆らったりすることはしません。許して下さい」
 まずは時間稼ぎというものであった。鬼頭をとにかく宥めておかなくてはならない。効果はどうやらあったらしく鬼頭の顔面が緩んだことを飛男は見逃さなかった。
「うへへへ。そうか、物わかりの好い奴は好きだぜ。じゃ、車にある書類に判を押して貰おうか。いいんだな?」
 馬鹿な野郎だ。ちょっと脅せばチョロイもんだぜ。根こそぎオメエの持っているものは全て頂いてやる。鬼頭はこの先のことを考えると楽しくなってくる自分の高ぶりを抑えることが出来なかった。
「はい、なんでも仰って下さい。その通りにします」
 飛男の顔は下げたままであったが少し先に転がっているスコップに目が行った。
「じゃ、ちょっとそのまま待ってろ」
 鬼頭が後ろに振り向きざま、素早く飛男の身体が動きスコップの柄を掴んだ。そして立ち上がった瞬間飛ぶようにして思いっきり鬼頭の後ろ頭めがけて振り下ろした。鈍い感触と共にズブブッとスコップは頭蓋に入り込み突き刺さった。引き抜くように引っ張ったと同時に鬼頭の身体がクルリとこちらに向き顔が一瞬天を仰いだように見えた。そして瞬時に「ぎゃあっ」と獣のような叫びをあげた。鬼頭は穴の底に向かって落ちながら失う寸前の意識の中で今朝見た夢が正夢であったことを悟ったのである。まさしくあの声はほかならぬ鬼頭自身の声だったのである。ドサリという音を立てて底に落ちた鬼頭の頭蓋からは吹き出してくる脳漿をかき分けるようにピンク色の脳味噌の中身もこぼれ出てきていた。上から底を見ていた飛男はそのあまりにも凄惨な光景に何度も嘔吐をし、吐瀉物が鬼頭のぬめった脳味噌の上に降りかかり混じり合った。

 飛男は洗面所で顔を洗って身繕いをした後、職場に何喰わぬ顔で舞い戻った。ここに戻るまでお昼休みを入れて4時間程度経ってはいたが職場の者でそれを不自然であると思う者も居なくいつも通りであった。あれは仕方のないことでしかなかった。正当防衛というものだった。それに鬼頭の死体が見つかることはあのような山中ではまず考えられ無かった。てんこ盛りみたいに必死で埋めたのだった。やがて飛男の気持ちも落ち着き、ここまで乗ってきた鬼頭の車の処分を考えていた。あの車さえ元に戻しておけば問題なんかはないだろう、と。とにかく今日はこのまま家に帰る気分になれなかった。美嘉と時間を考えずに過ごしたいと思った。あの妖艶な口に銜えさせている自分の姿を想像するだけで飛男の下半身が持ち上がってくるのがわかった。そしてなんと言っても憂鬱の材料であった鬼頭という邪魔者もこの世に居ない。5時近くなっている時計を見ると飛男はいそいそと机の上を片づけ始めた。いつも持ち歩いているシステム手帖の中に飛男が保証人となっている例の借用証書を折りたたんで挟み込み机の奧にしまい込んだ。鬼頭がもっていた鞄の中にそれがあったのである。
 その夕刻、飛男は美嘉のマンションを訪ねるとすぐに彼女をベッドに押し倒し体中をまさぐった。そうせねば飛男の心が落ち着かなかったからであり、ちょっと油断すると鬼頭が絶命した時の歪んだ顔がふっと眼前に浮かぶのであった。美嘉は自分の性器や尻の穴にはい回る飛男の舌が鬱陶しかった。今朝の鬼頭との目眩くような獣のように連み合ったセックスの後、飛男のペニスは銜えるのも腹立たしいくらいの見窄らしさでしかなかった。美嘉が鬼頭から飛男を脅すこと聞かされていなかったら部屋にいるつもりはなかった。脅された直後の飛男の心理状態を確かめるように鬼頭に言われていたからであった。美嘉の性器を嘗め回しながら徐々に飛男の身体が転回し勃起しきったペニスを美嘉の口元に来るようにして来たのを境に呻き声を上げながら美嘉はそれを口の奥深くまで導き入れた。二、三分吸い込むように舌で転がしただけで飛男は軽い声を上げて果ててしまった。しばらくの間、飛男は昼に起きたあの忌まわしい出来事を思い出していた。如何に鬼頭が悪党とはいえ自分が殺した事実には変わりがなかった。このまま黙っていれば誰にもばれない出来事でしかなく、おまけに飛男の嵌められて担がされた借金も棒引きになる。それに自分と共に鬼頭に苦しまされていた美嘉もきっと喜ぶはずだと思った。その思いはあの殺人が自分ひとりではなく誰かもきっとわかってくれるはずだという独りよがりの考えに過ぎなかった。まさに役人生活の中で培われ来た御都合主義の見本のような愚かさであったが美嘉にだけは隠し事はしたくなかったのである。そして御目出度いことに鬼頭と美嘉が出来ていると言うことを飛男は知る由もなかった。それは凡夫の愚かさとでも言うべきであった。
「あのな、美嘉。実はな今日、鬼頭から呼び出されて会っていたんだが」
 思い切って美嘉にだけは打ち明けておこうと飛男は決意したのであった。
「あらそうなの。私はちゃんと払っているわよ」と美嘉はとぼけることだけは忘れなかった。
「それでな、いきなり山奥に連れて行かれて埋められそうになったんだ。怖かったよ」
 飛男は恐ろしさを振り落とすかのように美嘉に抱きついてきた。
「ええっ!なんてひどいことをする男なの」
 美嘉はその情景を浮かべながら笑いで吹き出しそうな自分を必死でこらえていた。だがそれは一時のことでしかなく次の言葉でそれが止まった。
「な、そう思うだろう。俺も必死になって抵抗したんだが素手であいつに勝てるわけがない。車に於いてあったスコップであいつを殴ったら、あいつあっけなく死んじまったんだよ」
 美嘉に抱きついたまま肩越しに飛男は一気に言ってしまった。その言葉を聞いた瞬間、美嘉の体がビクンと波打ったが飛男が強く抱きしめたためそれ以上の動きはなかった。こんな腐れチンボに鬼頭がやられるなんて、にわかに美嘉は信じがたかったが飛男の体は次第にがたがた震えだしてきていた。またそのことによって美嘉はそれが事実であると悟ったのである。美嘉はその頭の中で鬼頭の死を認めようとしたがどこかの隅では鬼頭によって女にされたもうひとりの美嘉が認めたくないと叫んでいるような気がしていた。そして美嘉はすぐに次の行動に出た。
「ねぇ、あんた。鬼頭はそのあとどうなったの?」
 美嘉はしがみついている飛男の腕を無理やり解きながら尋ねた。
「そのまま埋めたんだよ。だけど、ひとつ間違えばこの俺が埋まっているところだったんだ。だけど、今こうやって美嘉を抱くことができる。俺の勝ちなんだ。奴の鞄の中にあった俺達の借用証書も抜いて持ってきたし、もう鬼頭なんかに責められることもないんだよ。なぁ、美嘉、わかってくれよ」
 再び飛男は美嘉を抱き寄せ手の指を股座の奥で濡れそぼっている襞に差し込んできた。美香の体が鬼頭の死の情景を想像するからか、そこはもう鋭敏になり淫水が次から次へと滴り落ちていた。軽い呻き声が美嘉の口元からこぼれ落ちてきた。
「鞄はどうしたの?」
 美嘉はいつも鬼頭が持ち歩いている鞄の中に金融事務所のドアの鍵と金庫の鍵があるのを知っていた。
「中身をとりあえず全部紙袋に移し変えて奴の死体と一緒に埋めてしまったよ。紙袋は今テレビの上に置いてあるよ。ほら」と部屋の隅に置いてあるテレビを指差し、そんなことはもうどうでも好いといった具合で美嘉をまた押し倒した。飛男のペニスは既にもう勃起していてそのまま美嘉の襞を押し分け入ってきた。美嘉の体は得も入れぬ快感に覆われ飛男のペニスを力強く痙攣する膣で締め始めた。
 飛男は二回目を果てたあと口を開け鼾をかきながらベッドで寝入っていた。美嘉の淫水と飛男の精液にまみれたあと、そのまま乾いて白く粉を噴いたようになっているペニスはだらしなく萎えてしな垂れていた。美嘉は指の先でペニスをちょいと弾き眠りの深さを推し測っていた。一瞬鼾は止まったが、しばらくするとまた大きな音を立て始めた。美嘉はそっとベッドから降りて洗面所に向かい、その壁の下にある戸棚から電気掃除機を取り出した。そして持ち手を掴みながらベッドで眠りこけている飛男の枕元に立った。音を消すかのようにそっとリールを動かしやや太めに出来ている電気コードを二メートル程引っ張り出してそのまま飛男の首に廻しきると一挙に後ろからコードを力いっぱい絞め上げた。飛男がグッという声を喉の奥から出ししたようにも思ったが手の力を緩めることなくそのまま絞め続けていた。そして深夜にかけて飛男の肉体はバスルームの中で美嘉によって包丁と鋸によって解体されプラバケツ10個ほどに分けられ翌日には海に架かる大橋から深夜肉片として魚の餌に消えたのであった。飛男が見た悪夢もやはり実現されたのであった。

 二日も経つと美嘉は元居た小料理屋の仲居としてカウンターのあちこちを忙しそうに立ち回っていた。怪しまれないためにもそうすることが一番いいように美嘉は思ったからである。鬼頭の事務所と部屋からの金庫には数千万円の現金が出てきてそれはもう美嘉のベッドの下に隠してあった。「あとは新たな男を捜すだけだわ」と美嘉は心の中で呟いていた。なんと言っても三日も空き家になっていて下半身が疼いていてどうしようもなかったからであった。
「やあ」
 男の声がして後ろを振り返るとにこやかな顔をして男が美嘉に手を挙げていた。飛男と数回この店に来ていた課長の肥田だった。美嘉がカウンターに案内し、すぐに注文のビールとツマミの肴を持って行った。
「お久しぶりです。おひとつどうぞ」
 美嘉はことさらに肥田の首にくっつくかのように口を近づけた。それはまさに妖艶な雰囲気を漂わせて肥田に鳥肌が立つようになるであろうことを美嘉が一番よく知っていた。そのまま相手の目を見つめると肥田の脂ぎって下品な顔が崩れているのが読み取れた。肥田は一旦まわりを気にするかのように軽い咳払いをしたあと板場の眼を盗んで美嘉の尻を撫で回した。数時間後ホテルの一室で肥田の体に馬乗りになりながら美嘉が荒々しい嗚咽声を上げ腰を振っていたことは言うまでもなかった。そして翌日菊池飛男の妻からの捜索願によって職場にある飛男の机の中が捜査員の手によって開けられ、システム手帳が発見されることなどこの二匹の獣達は予想することはなかった。

   -了-
※本作はコンポラGで2006-11-30に既に発表されたものに加筆訂正を加えたものです。